« 2007年6月 | トップページ | 2012年2月 »

都電荒川線・花電車「花100形」

Toden100
都電荒川線 鬼子母神前-都電雑司ヶ谷間にて

 車道をまたぐ鉄橋としては都電荒川線唯一ということで、都電ファンには知られた場所である。鉄橋に注目されがちだが、実はかなりの急勾配。煌々(こうこう)と光る花電車が力強く夜の鉄橋を登る姿は、「希望」そのものであった。(2011年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都バスで故郷を懐かしむ。

Toseishimpo1201132Toseishimpo1201131_2

 故郷を懐かしむことのできる都営バスがある。ただしそのバスの運行は年に数日のみ。
 国展08系統。東京駅と東京ビッグサイトを結ぶ臨時系統である。始終点が同じ都営バス(別経路で各駅停車)は他にもあるが、国展08系統は運行日が限定されるという点、また、始発停留所を出ると終点まで停車しない直行バスであるという点で、特殊である。
 どのような時にこのバスを見ることができるのか。答えは、東京ビッグサイトで大規模なイベントが開催される日である。
 その中でも最も有名なのは、8月のお盆の時期と12月末に開催される世界最大級の同人誌即売会。最近では季節の話題として、ニュース番組などで取り上げられるので、ご存知の方も多いのではないだろうか。
 実はこのイベントの日以外にも国展08系統が運転されることはあるのだが、知名度や規模の大きさから「盆暮れといえば国展08系統」という印象が定着している。同人誌即売会と聞くと、アニメの登場人物の衣装に扮した若者を連想する。しかし所定の場所以外での扮装は禁止となっているため、バスの車内で彼らを見ることはない。個人的には残念である。
 国展08系統の朝は早い。たいていの場合、6時台から東京駅には多くの都営バスが待機している。早朝にもかかわらず、乗り場には長蛇の列ができ、次々とバスが発車していく光景は壮観である。
 イベントの開始は10時過ぎであるのに、早朝から会場を目指すのは、在庫限りの限定品を買うために並ぶ必要があるからだとか。都営バス以外にも近隣駅から会場へ向かう方法は用意されているのだが、多客期に複数の交通機関が存在することで需要の分散化が図られ、結果的に輸送の安全が保たれる。自分が言うのも変だが、国展08系統はその役割をしっかりと担っている頼もしいバスなのだ。
 さて、「故郷を懐かしむ」という主題に話を戻そう。なぜ、国展08系統に乗ると故郷を懐かしむことができるのか。これは、実際に乗車すればすぐに分かる。東京駅を出発したバスは、ビルに囲まれた鍛冶橋通りをさっそうと走る。
 運転席横まで人、人、人……そんな満員の車内で繰り広げられるお客様の会話に耳を傾けると、通常の都営バスとは様子が異なることに気づく。
「……やね」「……ちゃ」「……じゃけ」。そう、東京のバスにして、日本全国津々浦々のお国言葉が飛び交っているのである。大規模なイベントならではの現象だが、初めてこのバスを運転した時、私は本当に驚いてしまった。
 バスは新大橋通りに出て入船橋交差点を左折、佃大橋と朝潮大橋を渡り、晴海方向へ進む。
「あ、トリトン。なぁづかしいねえ」。運転席の真後ろから、普段耳慣れない発音が聞こえる。トリトンとは晴海にある商業施設の略称。“なっづかしい”もとい“懐かしい”という言葉は、東京に長く住む人間が帰省した時などに発するだけではない……理論的には当然のことなのだが、何か磁場が狂った空間を歩くような不思議な感覚を覚えてしまう。
 バスは様々な地方の言葉を運びながら晴海大橋・有明中央橋を渡り、終点へ(そういえば鍛冶橋から始まり、「橋」のつく地名だらけだ。スーツ姿の人々が行き交うオフィス街から、未来都市のような東京ビッグサイトまでの変化に富んだ道のりに、多くの橋が待ち構えている。橋を、節目節目に訪れる喜びや乗り越えるべき課題と読み替えれば、まるで我々の人生のようである)。
 故郷以外の場所にわざわざ故郷の言葉を聞きに行くという行為について、かつて石川啄木はこのように詠んだ。
 「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」
 日々の生活に追われ、なかなか帰省ができない方々へ……懐かしい言葉を聞くために国展08系統に乗車してみてはいかがだろう。ただし冒頭にも書いたように、運転日が限定されている上、必ずしも自分の故郷の言葉が聞けるわけではないので、留意されたし。(イラストも筆者)

※都政新報(2012年1月13日号) 都政新報社の許可を得て転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京ビッグサイトと都営バス

Bigsight
東京都江東区(2011年)

都政新報(2012年1月13日号)に、エッセイとともに掲載。D代車(旧デザイン)とT代車(現デザイン)が並ぶ。
エッセイは、都営バス国展08系統とコミックマーケットと石川啄木について書いた。

※掲載記事は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都政新報にイラストと文章が掲載。

Prntscrntosei120113
 都政新報(1月13日付)に、イラストと文章が掲載されました。イラストは「東京ビッグサイトと都営バス」。文章は、都営バス国展08系統とコミックマーケットと石川啄木について書きました。都政新報のホームページのトップにも、数日間ですがイラストが掲載されました。
 なお、都政新報は店頭売りしていませんので、掲載号の入手方法につきましては都政新報社までメールでお問い合わせください。

都政新報社ホームページ
※画像は1月13日現在のトップページであり、現在は変わっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊豆大島のバスに乗る。

Toseishimpo1110282_7Toseishimpo1110281_6

 都職員なら誰もが知っている、港区海岸の健康診断施設。待合室の眼下には海が広がり、東京諸島へ向かう客船の姿を見ることもある。人間ドックのために検査着を羽織り、絶食し、今まさに胃カメラを飲もうとする人間にとってこの光景は自由の象徴であり、海面が輝きを増すほどに、島への憧れは強くなる。
 「東京の島へ行こう!職業柄、島のバスに乗るという名目で」
 公休日前、9月某日の終業後、私の足は竹芝へと向かっていた。23時発の夜行船に乗るためである。大島・利島・新島・式根島を経由して神津島へ行く便だが、離島初心者として今回は大島までの券を購入した。
 翌朝5時には無事、夜行船は大島の岡田港に到着(季節により時刻の変更あり)。
 ところで、大島は案外広い。島内一周道路が山手線の一周と匹敵するそうで、同じく山手線の内側を網の目のように走る都営バスの路線とは利便性などの面では比較にならないけれども、それでも大島の路線バスは、一周道路を柱として「大島公園ライン」「レインボーライン」といった、見ただけで旅をした気分になれるような様々な路線が設定されており、良い意味で旅行者を迷わせる。
 大島の路線バスの時刻表には、入港地・出港地の文字が入っている。夜行船が着岸した港を入港地、日中に高速船が発着する港を出港地と呼び、島の西側の元町港、北側の岡田港のいずれかとなる。海況により入出港地が定まり、路線バスの運行や土産物店の営業体制が決まってしまうという日常が、この島では淡々と展開されている。
 さて、今回乗車するのは「波浮港ライン」。始発は元町港と固定されているため、まずは入港地の岡田港から元町港行きのバスに乗車。集落を抜け、「地層断面前」で途中下車する。売店などはないので、飲み物持参が望ましい。停留所前に広がる間伏地層切断面は道路建設の際に現出した地層で、火山灰や火山れきの堆積による巨大な「バームクーヘン」は圧巻である。
 地層切断面の終端まで700歩ほど歩き、スケールの大きさを体感。さらに1200歩歩き、次の停留所、「砂の浜入り口」に到着。
 次のバスを待つまでの間、海岸まで降りてみた。砂の浜は大島唯一の天然の砂浜で、三原山の溶岩から生成された黒い砂が特徴である。9月とはいえ残暑厳しい日ではあったが、サーフィンをする若者が数人いただけで、静寂を楽しむには十分であった。
 再びバスに乗車し、今度は波浮港を目指す。野口雨情作詞『波浮の港』や、映画『伊豆の踊り子』で有名な港。『伊豆の踊り子』のモデルとなった旅芸人一座が実際に芸を披露した旧港屋旅館は、人形の配置された資料館となっている。余談だが、バスが波浮港停留所を折り返す場面は、迫力満点である。波浮港を散策した後は、終点のセミナー入口まで。
 終点から一周道路をさらに進むと「文学の散歩道」と書かれた小道があり、大島を訪れた文人たちの作品の記念碑が点在している。碑を眺め歩くうち、白い十字架と、筆の形の無人島、筆島が見えてくる。
 十字架のふもとには、家康時代、キリシタン禁止令のもとで悲劇の人生を歩んだオタア・ジュリアの足跡を刻んだオタイネの碑がある。迫害に耐え、信仰を守り通したジュリアの心根は、凛とそびえ立つ筆島の姿とも重なる。太古の地層、黒い砂浜、白い十字架、そして青く力強い空……。再び車中の人となり、この0泊2日の島旅に思いをはせていた私は、気づけば幸せな眠りに就いていた。(イラストも筆者)

※都政新報(2011年10月28日号) 都政新報社の許可を得て転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都営バス草64系統の小旅行

Toseishimpo110624_4 始発停留所にバスを着けると、車椅子のお客様と介助者が待っていた。車椅子には還暦を過ぎたぐらいの女性、介助者は30歳前後の、やはり女性である。実の親子か嫁姑か、実際のところは分からないけれど、母娘ということにしておこう。それだけなら何の変哲もない光景であるのだが、2人とも満面の笑みを浮かべているものだから、私までつられて笑顔になる。
 座席を二つに畳んで車椅子スペースを作り、バスと地面との間にスロープを渡して車内の所定の位置までお客様を慎重にご案内し、行き先を聞く。すると、2人そろって爽やかな声で「浅草雷門までお願いします」。寒い冬が終わり、桜の春、そして新緑の季節になると、観光目的での車椅子のお客様のご乗車が増える……そう、2人の笑顔は、これから始まる「バス旅行」への期待感に由来していたのである。

          * * *

 都営バス「草64系統」は、池袋駅東口から王子駅、尾久駅を経由して浅草雷門に至る片道1時間弱の路線である。バスは池袋駅を発車後、明治通りをなぞっていく。
 「お母さん、すごい下り坂。ほら都電が前を走っているよ」
 飛鳥山から王子駅前までの都電との併走区間。
「この坂道、実はあの碓氷峠と同じ勾配なんですよ」などと私も会話に加わりたい気分だが、乗務中なので我慢。その後も、車窓の風景が流れるたびに、娘が母に話し掛けている。
 「見て、ツツジがきれい」。王子駅の先、溝田橋交差点を右折し、明治通りの歩道のツツジ。娘が言葉を発する度に、母は「まあ」「素敵」などと相づちを打っている。言葉は少ないが、和やかな語り口調が、穏やかな時間の流れを物語る。
 「あっ。スカイツリーが見えてきたよ」。興奮を隠さず、まるで子供のような無邪気さで、娘はそれを母に伝える。
 明治通りから土手通りに入る三ノ輪二丁目あたりから東京スカイツリーが姿を表し、東浅草一丁目の辺り、紙洗橋交差点の先で最接近の時を迎えるのだ。母親も目で追う。そのままふもとまで到達すれば、めでたしめでたしとなるのだが、バスは無情にも右斜めに向きを変え、次の瞬間その塔は視界から消えてしまう。

          * * *

 ここからは私の妄想。「切ないですよねえ。『●東綺譚』の中で、小説家大江と玉ノ井の娼婦お雪とは、スカイツリーとこのバスの関係みたいに一度は近づき、やがて遠ざかるんですが、結ばれない恋だからこそ美しいのかもしれませんねえ」
 安全運転を保ちつつも、いつの間にか2人の会話に入っている。もちろん、実際に話し掛けるわけではなく、あくまでも想像の世界である。
 「紙洗橋は『●東綺譚』の中にも『髪洗橋』として登場するので、ここをバスで通ると、ついついスカイツリーと結び付けたくなるんですよ」。私の心の叫びは続く。
 「今度時間がありましたら、東浅草一丁目で降りて一本向こうの細道に入り、スカイツリーを見ながら紙洗橋、山谷堀橋、正法寺橋……今戸橋まで散歩してみてください。橋の架かっていた山谷堀は埋め立てられて公園になっていますけど、今はなき(正確には地下に潜った)せせらぎの音に思いをはせながらのんびりと旅をするのも乙なものですよ。スカイツリーの姿もバス通りから一本入るとまた違って見えますし、バリアフリーにもなっているので、車椅子でも通行できます。ちなみに江戸時代、この辺りは浅草紙という今でいう再生トイレットペーパーの生産が盛んでして、紙洗橋の『紙を洗う』とは、浅草紙の製造過程のことだったそうですよ。トイレットペーパーだけにウンチク話。これはお粗末さまでした」
 私の心の中の妄想観光案内(?)などもちろん2人に聞こえるはずもなく、バスは馬道通りから雷門通りへと右折し、終点浅草雷門に到着。降車ドアを開け、車体から歩道へスロープを渡して降車のお手伝いをし、私の任務はここで終了となるのだが、別れ際、お2人からご乗車の時と同じ笑顔で、「ありがとうございました」のお言葉をいただく。
 この瞬間の喜びと言ったら、たとえようがない。一気に疲れが吹き飛んでしまう。「こちらこそ、ありがとうございました。どうぞお気をつけて」と私も答える。そして爽やかな余韻を胸に秘めつつ、私は再び池袋駅東口を目指し、バスを走らせるのだ。

          * * *

 車椅子であるか否か、または観光であるか否かにかかわらず、全てのお客様に対しては平等に接しなければならないのは、職務上当然のことである。
 季節や天候とは関係なく、心身にハンディを持ったお客様も、通院や買い物などの必要に迫られてバスを利用することもあるだろう。むしろ、それが公共交通機関としての本来の姿である。
 とはいえ、誤解を恐れずに書くならば、暖かい時期になり、車椅子利用者をはじめ、そのような方々が「自らの楽しみのために」バスを利用してくださる場面に接する機会が増えると、運転する側としても張り合いがあるし、気持ちも明るくなる。
 日々の生活のための「義務的な移動」とはまた違った「非日常的な移動」に、都営バスというツールを通して関与することができた時、私は何だかものすごく得をしたような心境になるのだ。(イラストも筆者)

【注】●東綺譚 ●はサンズイに墨

※都政新報(2011年6月24日号) 都政新報社の許可を得て転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日もどこかで、バス運行

Toseishimpo110222 縁あって交通局に入局したのが2007年。気がつけばまもなく満4年。その間、数多くの失敗を経験したが、先輩方に支えられ、少しずつ仕事のやり方を覚えてきた。
 「成長した」という表現はおこがましいかもしれないが、バス運転手としての技術はこの4年で格段に高まったと自負している。
 「いつ誰に自分の仕事を見られても恥ずかしくない」そんな働きぶりを理想とし、少しでも理想の姿に近づけるよう、日々奮闘中である。
 さて、その奮闘の中身であるが、職務が職務なだけに、ひたすら走る、走る、の繰り返しである。もちろん、ただ走るだけではいけない。車やバイク、軽車両、そして歩行者が交錯する東京の道路を、大勢のお客様を乗せながら安全に走らなければならない。しかも、常にバス停の通過時刻を気にしながら走るのだから、気が抜けない。
 さらに、お客様からは、鉄道の乗り換え方法、沿道の病院・大学・飲食店の最寄り停留所についてなど、さまざまな質問を受ける。ただ黙って運転しているだけでは済まないのだ。
 道路混雑のため運行が遅れ、罵声を浴びせられることも時にはあるが、その一方で、温かいねぎらいの言葉をかけてくださるお客様もいて、世の中捨てたものではないと感じている。
 バスは、春夏秋冬年中無休で、人々の喜びや悲しみや偶然の出会いを運ぶ。子供たちの思い出に残ることもあるだろう。そんな乗り物を運転している私は、お客様にとってはおそらく記憶に残らない人物であるが、それでも、自分の仕事が確実に人の役に立っているという事実がうれしい。
 「発車します。おつかまりください」……今日も東京のどこかで、私は黄緑色の都営バスを走らせている。

都政新報(2011年2月22日号)投稿欄「よりみちサロン」に掲載
※都政新報社の許可を得て転載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

間伏地層断面

Mabusechisoudanmen
東京都・伊豆大島(2011年)

都政新報(2011年10月28日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、大島バス「波浮港ライン」について書いた。

掲載記事は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東浅草・紙洗橋(かみあらいばし)

Kamiaraibashi現在は橋柱だけが残る紙洗橋より、建設中の東京スカイツリーを望む。(2011年)

都政新報(2011年6月24日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、都営バス「草64系統」をめぐる話。車椅子の親子とスカイツリーと永井荷風について書いた。

掲載記事は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京大学赤門

Toudaiakamon
東京都文京区(2011年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いすゞキュービック KC-LV280L改

Isuzucubiclv280l
東京都交通局 P-D248 (元)蓄圧式低公害車 CHASSE
2010年廃車(2010年)

都政新報(2011年2月22日号)投稿欄に、文章とともに掲載。
文章は、路線バス運転手の仕事について書いた。

掲載記事は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

清荒神(きよしこうじん)・大灯籠

Kiyoshikoujin
清荒神清澄寺(兵庫県宝塚市)の参道に建てられている大灯籠。
「三宝荒神様の大燈篭」として知られている。(2010年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ホワイト・ブッダ

Whitebuddha_2
釈迦如来白仏像 通称「ホワイト・ブッダ」
東光院 萩の寺(大阪府豊中市・2010年描画)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「バスと私」ボンネットバス運転席にて

Bxd30
いすゞBXD30ボンネットバス(2009年)

「バスの絵画コンテスト」(社団法人日本バス協会主催) 入選
「バスフェスタ 2009 in TOKYO」にて展示

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大井川鐵道 C108

Ooigawac108
(2006年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【旧サイトからの移転・統合について】

【この度、旧サイト『オフィス感情炉』を、こちらへ移転・統合しました。ブックマークの変更など、お手数をおかけしますが、今後ともよろしくお願いいたします。なお、旧サイトhttp://homepage3.nifty.com/kanjo-ro/はすでに閉鎖済みです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昨日の僕を

Kinounobokuwo
「昨日の僕を」

世の中に八百屋とか風呂屋が存在する様に、
はにかみ屋や照れ屋なんていう商売が
あればいなと考えた。
その店の中には、少年少女時代の心を
忘れずに温めている純な人達がいて、
日々の忙しい生活の中に「照れ」や
「はにかみ」の方法を置いてきて
しまった訪問者に、それを自ら
演じてみせる事により思い出させる。
幸せを与える。素直な自分に戻してあげる。
そしてお金は取りません。
(1992年) 

詩集『バーミキュライト』より。
※背景の原画は中学時代、美術の授業で制作したもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

潤(じゅん)

Jun
 ノエル(仮名)はのどが渇いていた。容器の水はぜんぶ飲んでしまったが、まだとても飲み足りない。しばらく、水を探してさまよい歩いた。そして視線を上げると、何か光るものが見えた。
 これはなんなのだ。とりあえず、上のほうへ登ってみた。そこには、求めているものが、静かに上品に存在していた。思わず口をつけてみた。
「×××××!!」
 突然、横から大きな音がした。いつも自分が面倒を見てやっている動物の声だが、何を伝えようとしているのか分からない。
 ノエル(仮名)はのどが渇いていたが、今はその欲望を満たし、少しだけ満足している。(1996年)
※本作品の背景における商標「MAMA POCKETY」の使用につきましては、ライオン株式会社ベターリビング事業推進部の承諾を得ております。(制作年当時)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夜を聴く

Yoruwokiku
 気持ち良さそうに「何か」を聴いている彼に「何を聴いているの?」と問いかけてみたけれど、僕はあいにく人間だったので、「ミャ」と一蹴されただけだった。
 くやしくて夜も眠れない。(1997年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MOTHER

Mother
 母親の愛。仔犬が母親の乳を飲む風景。母犬の色を三原色のインクでぼかしたのは、母の子供への愛の普遍性を表現するため。
 心臓をあらわすハートマークに蛍光インクを少量混ぜることにより、暖かな雰囲気をもり立てようと試みた。(1993年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

同潤會代官山アパート第二十九號舘

Doujunkai 大正14年(1925年)に建設された、東京都渋谷区の同潤会アパート。同潤会とは住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)の前身と言われる組織で、震災復興のために、同様の集合住宅を各地に次々と建設した。代官山アパートは、当時では珍しい鉄筋コンクリート造り。さらに、水道・電気・水洗トイレなど、設備面では最先端を誇っていた。しかし、築70余年をへて老朽化が深刻な問題となり、ついに、この世に存在しつづける権利を失った。
 平成8(1996)年夏、取り壊し開始。平成12年には、跡地に36階建てマンションが建設された。(1996年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイムマシーン旧型

Timemachine
 いつかタイムマシーンが発明されたなら、タイムマシーン業界の間でも、熾烈(しれつ)な開発競争が起こるのではないだろうか。メーカー同士の微妙な駈け引きの狭間(はざま)で、ベータ方式のビデオデッキのごとく規格の孤立してしまったタイムマシーンは、一部のマニアによる絶大な支持を受けながらも、世間から淘汰(とうた)されるという運命を背負うはず。「旧型」の烙印(らくいん)を押されたタイムマシーンは心ない人々によって野山に投棄され、社会問題化するが、その一部は長い時間をへて風化し、やがて自然の風景に溶け込んでいくだろう。
 時間を行き来できるはずの機械がその能力を喪失し、今はただ、時間の変化を受け止めている。穏やかな陽光の下、物ひとつ言わぬ「彼ら」には、投棄された当時の悲壮感はすでにない。それどころか、安住の地を得たかのごとく、堂々と落ち着いた輝きを見せている。
 ああ、時の流れの偉大さよ!(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上京

Joukyou_8 ガタゴトと鉄路をひた走る箱に乗り込み、「不安」を土産(みやげ)にぶら下げて、都へと向かう。電車が到着し、恐る恐るプラットフォームへ足を乗せる。
 
 ははは、案外平気じゃないか。
……「何でもない」ということに、なぜだか覚える安心感。
 
 今日からこの地で、しっかり生きよう。負け犬になるのは格好が悪いから、意思を強く持って、毎日を過ごそう。
限りない可能性を抱きしめながら東京生活を始めた青年像を、犬の姿で表現してみた。
 彼の目は、大成功した未来の自分を、ひそかに見つめる。(1996年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

にんじん色の田舎道

Ninjinirono
ドライブの途中、ふと気になったわき道の風景。(1994年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一日中海を見ていた

Ichinichijuuumiwo
 一日中海を見ていたら、どんな気分になるのだろう。自然と優しい気持ちになれるかもしれないし、何かとても大切なことに気づくかもしれない。あきらめた夢を思い出して悲しくなるかもしれないし、単に風邪をひくだけかもしれない。
 朝日の作用で西を向いていた我が身の影が、やがて東方に伸び尽きるまで、海と陸との境界線に、何もせず何もせず、ただただ座り続ける。そんな“あなた”を、画面の“彼”に重ねてください。(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

手紙を出そう!

Tegamiwodasou
 郵便ポストの横で、人なつっこい犬が「手紙を出そうよ」と言っている。この犬を見ていると何だか不思議と手紙を書きたくなるんだよなぁ。……そんな力を発せられる絵でありたいと思いながら制作した。(1994年)

第1回新孔版画コンクール(理想教育財団主催) 入選

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夕餉(ゆうげ)

Yuuge
 山の端(は)に、ビル街に、そして、水平線に、太陽が沈む。それぞれの場所で、それぞれの光の下で、夕餉を待つ犬たちがいる。それぞれの食器から立ちこめるにおいを気にしながら、「おあずけ」から「よし」へ移行する瞬間を、今か今かと待っている。穏やかに反復される、何げない日常の一こま。(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

告白

Kokuhaku
 人は、一生に一度はこのような場面に遭遇するのだろう。60秒の時間が、600秒に感じられてしまうような。そのじれったい時間が過ぎてしまえば、ほくほくの笑顔で幸せを謳歌する日々が訪れるかもしれないし、心がずたずたに裂かれ、いじけた性格を身につける最悪の結果を誘うかもしれない。
 スから始まる素敵な言葉。すべてを壊す危険な言葉。そんな言葉を告げる前後の緊張感を、「猫」の姿を借りて表現してみた。(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

哲学者

Tetsu_2 馬という動物は、なぜにあれほど思慮深く、憂いを含んだ瞳をしているのだろう。じいっと見つめられると、私はどういうわけか、[生まれてきてすみません」という気持ちになってしまうのだ。描かせてもらってすみません。(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

陽だまり

Hidamari
 午後の陽だまりの中で寝息をたてている親子の猫。このまま陽だまりの中で何十時間も過ごしていたら、体がふよふよにとろけて、やがてバターになってしまうよ。『お気に入り』に続く、2枚目の猫作品。(1995年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

王様犬

Ousamaken 人間の心を持って生まれた犬が、「王様」になりたいと、ある日ふと思う。まずは王冠を手に入れたいと願い、形の似たサボテンの鉢植えを頭にかぶるものの、その後のことをまったく考えていなかったために、結局は困惑するばかり。形から入る(中身のない)生き方、あるいは、実力のない政治家を諷刺した作品。(1993年)

※後日談 この作品は、上記のようなコンセプトで作られたものであるのにもかかわらず、なぜかイベント会場などでは「かわいい」と女子高生に大評判で、絵はがきが飛ぶように売れていた。けっして「かわいい」絵ではないと思うのだが・・・女子高生って分かりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お気に入り

Okiniiri01_2
 作品の元写真を提供してくださった女性いわく、「彼らは私のかけがえのない家族なの」。そして、写真に添えられた手紙には、猫への熱い、熱すぎるほどの思いがつづられていた。猫好きな人々には、その人なりの「猫哲学」とも言うべき深いこだわりがある。たとえば、彼女にとって猫たちは、自分の「息子と娘」なのだという。『お気に入り』は、生まれて初めて描いた、猫の作品。それだけに、緊張しながら取り組んだ。
 ちなみに、箱の上でくつろいでいるやんちゃな兄と妹の名前は、クロと未来(みく)である。(1995年)

第2回新孔版画コンクール(理想教育財団主催) 入選
二坂英之詩集『バーミキュライト』(新風舎)表紙画

| | コメント (0) | トラックバック (0)

執着駅

Shuuchakueki
 チョコレート色の一両編成。車内を照らすのは薄暗い白熱灯。板張りの床面。停車を予告する「キンコンキンコン」の音。クーラーはなく、夏には蚊遣り線香の煙がくゆる。・・・・・・神奈川県は横浜市の鶴見線大川支線には、JRで最古参のクモハ12型電車が走っていた。工場街への通勤線として昭和4年から動き続けている「彼」は、世が平成に移ってからも、武蔵白石ー大川間のわずか0.8キロメートルを、年中無休でただ淡々と誠実に実直に往復してきた。
 多くの人々に「チョコレート電車」と呼ばれて可愛がられた「彼」だが、平成8(1996)年3月15日の運行を最後に、ついに現役を退いた。鉄道車輛としては異例の「勤続年数67年」の理由は、武蔵白石駅のホームが極端にカーブしており、全長20メートルの普通の車輛が導入できなかったため。(「彼」の全長は17メートルと短いのだ。)つまり、プラットホームの形状の特殊性が、「彼」の電車生命を延ばした。いや、もしかするとその逆で、「チョコレート電車」を現役のままいつまでも残しておきたい、という人々の気持ちの結集が、特殊な形状のプラットホームを残したのかもしれない。
 武蔵白石の駅は、終着駅であると同時に、そんな気持ちの、終着駅。・・・・・・であればいいなと考えながら、「おつかれさま」の気持ちも籠(こ)めて、昭和の電車・クモハ12型の雄姿を、孔版で描いてみた。(1996年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

みやうかく

Miyaukaku
 埼玉県比企郡都幾川村(現・ときがわ町)にある、JR八高線の明覚駅。下り列車で14時40分に駅に着き、時刻表を見たら、帰りの上りは16時4分だった。ラッシュ時の山手線の駅における1時間分の発車本数が、この駅では一日分にあたる。1本乗り遅れるだけで大変なことになるから、この沿線を利用する人々は時間を大切に使うのだろう。
 古い列車が去って新しい列車が訪れるまでの機能の停止した駅舎は、詩人のように寂しげであった。が、人々を包み込む存在としての温もりも感じられ、大変頼もしく見えた。(1996年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

御花畑駅

Ohanabatakeeki
 秩父鉄道御花畑駅。「御花畑」という平和な駅名そのままの、降り立った人をにこにこさせてしまう素朴さを表すには余計な色は不要だと考え、銅版画ふうに仕上げた。
 大人になった誰もが心のどこかで感じているであろう、セピアがかった白黒写真のような叙情的風景を、表現したかった。(1992年頃)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山寺駅

Yamaderaeki
 岩に巖(いわお)を重ねて山とし……かつて松尾芭蕉が訪れ、このように書き記した山形県の立石寺(りゅうしゃくじ)、通称山寺。山頂で人々を待ち受けるその寺の玄関口である山寺駅の造りも、また風流なり。藤子不二雄の『山寺グラフィティ』に触発されて制作した作品。(1991年)
 第15回手作りの絵はがきコンクール(理想教育財団主催)郵政大臣賞受賞作。

********************

「葉書1枚のスペースに織り込んだ思い」
 祖父の7回忌の法事のために秋田へ行った帰り、ふと立ち寄った仙山線・山寺駅。生まれて初めて訪れたはずなのに、何故か懐かしい。そんな気持ちを、心の中のスクリーンだけでなく、形あるものとして残そうと思い、カメラのシャッターを切りました。写真はよく写ってはいたけれど、自分の抱いた懐かしさへの憧憬を語るには余りにも弱すぎて、物足りなくて・・・。それで、写真では判らない大切な感情を紙に託して線を引き、版を重ね、この様な形にたどり着きました。
 大人にはなりたいけれど、嫌な大人、汚い大人にはなりたくない。心のどこかに“忘れていた何か”を残していたい。いつまでも子供の頃の心を持ち続けていたい。そういった小さな願いも、葉書1枚のスペースに織り込んだつもりです。「なるほどそうだったのか」こんな風に納得をしながらこの作品を見て頂ければ幸いです。
<郵政大臣賞「受賞の言葉」より 1991年3月8日※原文のまま>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

二坂英之絵はがきセット第二集

Ehagakiset2
●一日中海を見ていた
●執着駅
●みやうかく
●さよなら省線電車
●幻ランプ
●夜を聴く
●そんな日もある
●昭和の犬
●とくい顔
●マグネット
●ちきうころがし
●相客

化粧箱入り12枚セット。参考価格1050円(税込み)。
※諸般の事情により、現在販売しておりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そんな日もある

Sonnahimoaru
猫(1998年)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

昭和の犬

Shouwanoinu
犬(1998年)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

さよなら省線電車

Sayonarashousen
大井川鐵道モハ311型+クハ511型(1998年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

とくい顔

Tokuigao
猫(1998年)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

マグネット

Magnet
猫(1998年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幻ランプ

Maboroshilamp
JR鶴見線大川支線クモハ12型電車(1998年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ちきうころがし

Chikiyukorogashi
猫(1998年)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

相客

Aikyaku
猫(1998年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

残照

Zanshou
風景(1994年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

満天燈

Mantentou
風景(2000年頃)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どう動いても鈴鳴る

Douugoitemo
絵:二坂英之 題名:すずてーん(2002年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

追懐

Tsuikai
猫(1998年頃)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2012年2月 »