その水は夜に輝く

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都内某所の遊園地にある噴水を描いた。一日5回、音楽や照明に合わせて、噴水ショーが繰り広げられる。(2014年)

都政新報(2014年5月27日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、この噴水と路線バスの仕事との関係性について書いた。

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ライオンバスの車窓から

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多摩動物公園のライオンバスからみたライオンたちを描いた。表現上、実際よりもライオンとの距離を縮めています。(2014年)

都政新報(2014年2月7日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、ライオンバスの最終便の秘密について書いた。

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教える人教わる人

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2013年8月18日に開催された養老鉄道株式会社の鉄道体験イベントで筆者が教官の指導を受けながら運転体験をしている姿を描いた。車両は1966(昭和41)年に製造された503号車。(2013年)

都政新報(2013年10月15日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、岐阜県大垣市に本社を置く養老鉄道株式会社の主催する鉄道運転体験イベントに筆者が参加した時の様子について書いた。

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移動採血車

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移動採血車・通称「献血バス」(2013)

都政新報(2013年4月2日号)に、エッセイとともに掲載。
バス運転手であり、献血マニアでもある筆者が、東京都江東区にある日本赤十字社東京都赤十字センターを取材。献血バスを使用した献血業務の歴史、一日の流れ、苦労話などを聞いた。

※掲載記事の一部は 今週の都政新報に掲載されています。
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都市型超低床バス 日野 HU2ML改

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日野 HU2ML改(2012)

都政新報(2012年12月14日号)に、エッセイとともに掲載。
筆者がバス運転手となり、初めて運転したバスは(都営バスではないが)3ドア車であった。エッセイは、1990年度にデビューした都営バスの都市型超低床車と翌年の都庁舎オープンについて、そして筆者自身の3ドア車の思い出について書いた。

※掲載記事の一部は 都政新報社のサイトに掲載されています。
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関東バス最後の三扉車 B3008

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日産ディーゼル+富士重工(U-UA440HSN)

 関東バス武蔵野営業所に残る最後の三扉車。関東バスと言えば少し前までは三扉車が主流であったが、2000年の交通バリアフリー法施行(その後2006年にバリアフリー新法に統合)にともないノンステップバス以外の車両の新規導入が困難となり、三扉車を含む非ノンステップバスは年々減少していった。
 あえて社名は書かないが、筆者は2000年代初期に某バス会社で路線バスの運転手をしていた。車庫内には三扉車が多数停まっていて、週5日の勤務日のうち3日は三扉車のハンドルを握っていた。普段乗客として路線バスを利用する機会のほとんどない生活を送っていたため車両の仕様には特に関心がなく、路線バスというものは扉が三つあるのが標準であるという偏った認識を持っていた。某社を退職したのち、その会社が三扉車が多いことで有名なバス会社であることを知ったのだった。自分の生きていた世界はあまりにも狭すぎた。三扉車は標準ではなく、ごく少数派であったのだ。そういえば、バスファンと呼ばれるような人々が自分の運転するバスに向けてよくシャッターを切っていた。もしかすると遠方から新幹線や飛行機に乗って「三扉車の聖地」を訪ねに来たファンもいたのかもしれない。退職して10年以上経過した今頃になってこのようなことを書いても仕方がないのだけれど、当時少しだけでも彼らに優しく接することができれば良かったと思う。「オレは見世物じゃない、オレを撮るな!」という意識が心のどこかにあり、彼らの趣味に対してはあまり協力的ではなかった。彼らは運転手である自分の姿に興味があるわけではもちろんなく、純粋にバスという乗り物が好きで、バスの写真を撮りに来ただけだというのに。私自身、当時よりバスを好きになった今ならば彼らの気持ちもよく分かる。(2012年)

※関連記事 3ドアの都営バス
※関連画像 都市型超低床バス 日野 HU2ML改(3ドアの都営バス)

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都電荒川線・花電車「花100形」

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都電荒川線 鬼子母神前-都電雑司ヶ谷間にて

 車道をまたぐ鉄橋としては都電荒川線唯一ということで、都電ファンには知られた場所である。鉄橋に注目されがちだが、実はかなりの急勾配。煌々(こうこう)と光る花電車が力強く夜の鉄橋を登る姿は、「希望」そのものであった。(2011年)

都政新報(2015年2月3日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、道路建設にともない撤去されたこの鉄橋と、雑司ヶ谷地区の未来遺産認定について書いた。

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東京ビッグサイトと都営バス

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東京都江東区(2011年)

都政新報(2012年1月13日号)に、エッセイとともに掲載。D代車(旧デザイン)とT代車(現デザイン)が並ぶ。
エッセイは、都営バス国展08系統とコミックマーケットと石川啄木について書いた。

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間伏地層断面

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東京都・伊豆大島(2011年)

都政新報(2011年10月28日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、大島バス「波浮港ライン」について書いた。

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東浅草・紙洗橋(かみあらいばし)

Kamiaraibasirgb_2現在は橋柱だけが残る紙洗橋より、建設中の東京スカイツリーを望む。(2011年)

都政新報(2011年6月24日号)に、エッセイとともに掲載。
エッセイは、都営バス「草64系統」をめぐる話。車椅子の親子とスカイツリーと永井荷風について書いた。

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